2021年秋に放送された『大正オトメ御伽噺』を見た。
可愛い見た目からユルめの日常ラブコメディを予想していた。だが予想は見事に外れた。このアニメは可愛い絵柄とは裏腹に、想像を絶するような過去を持つ主人公と、金で買われた14歳の少女の重めの恋愛物語であった。
主人公・志摩珠彦、世の中を悲観的に捉えるペシミスト
物語は主人公・志摩 珠彦<しま たまひこ>。
彼は自らをペシミスト(厭世家)だという。ちなみに厭世家とは悲観的に考える人のことである。
第一話が始まると、珠彦の悲観的なモノローグから始まる。アニメが始まって陰鬱な雰囲気がすぐに視聴者を包み込む。
なぜ彼がこうなってしまったのか?
それは第一話ですぐに知ることが出来る。
彼は物語の冒頭で愛を受けて育っていない、と語る。
私はつい考えてしまった。実際に愛を受けていないと本当に言い切れるのだろうか?そんなこと自分でわかることなのだろうか?と。
そうしているうちに彼は続けて自分の過去を語り始める。この過去が語られることで、この主人公の境遇が知らされる。
彼がペシミストになった理由は、わたしが考えていたよりも遥かに重く、辛く、アニメとはいえど本気で同情してしまうようなものであった。そりゃあそんなことがあったらペシミストになるわ……と思わざるを得ないものだった。
立花夕月、心優しく、周りを変えていく少女
ペシミスト珠彦を支えるヒロイン・立花夕月<たちばな ゆづき>。
彼女は珠彦の家を急に訪ねてきた。二人の初めての出会いだ。
彼女はとある理由から、珠彦の父から金で買われた。そして珠彦の嫁になるように約束されていた。
金で買われる、という事実は今後様々な場面で彼女をつらい目に合わせる。だが彼女は決してくじけないし辛い顔を見せない。
彼女は珠彦の冷え切った心の中に暖かさを見出した唯一の人だった。金で買われて未来の旦那として確約されている珠彦の家に行くのは、尋常ではなく不安で仕方がなかっただろうに、彼女が珠彦と出会ったときから笑顔で挨拶をしたのは、アニメを見終わった後だと余計にグッと来るものがある。
珠彦は夕月に対して、基本的に暗く後ろ向きな態度で接する。しかし夕月はそうはしない。彼女は明るく仕事熱心で珠彦の面倒を見てくれる。夕月の健気な姿はあまりにも眩しく、そしてこんな優しい子だからいつか壊れてしまうかもしれない、と感じてしまうほどだ。
でも、夕月は珠彦に恋をした。
良かった。安堵した。
夕月が恋してくれたから、この作品を安心して見られる。
そう思った。
暖かさで救っていく、救われていく
このアニメはわかりやすく事件が起きる。ときには珠彦と夕月の関係がどうなってしまうのかというヒヤヒヤするような展開もある。事件のたびに新たな人物が登場するのだが、出会う人々が珠彦に対してのあたりが強い。その度わたしも感情移入していたせいなのか。なかなか辛くなってしまうような内容だ。
だが何かが起きるたび、夕月から発せられる言葉や行動一つ一つが珠彦の心を救い、徐々に珠彦も変わっていく。そんな様子を見ていると、視聴者として見ているわたしの目にもなぜか涙がほろりと流れてしまう瞬間もあった。
なぜだろうと思っていた。この作品から投げかけられるメッセージが、優しくて暖かくて心をあったかくさせてくれる理由がよくわからなかった。いや、もちろん良いこと言っているからだし、夕月のやさしさもだし。でも、そういう作品は他にもいっぱいある。良いこと言っていても優しい子が出ていても、必ずしもこういう感情になるわけではないと思ったのだ。もしかするとやたら珠彦に感情移入していたせいで、見ているわたしまで珠彦のように救われていたのかもしれないとすら思った。
なんにせよこの作品は暖かさで見ている視聴者まで救われていく作品なのだ。
事件は突然に
物語が終盤になる頃、非常に大きな事件が起きる。
この作品らしいといったら失礼だろうか。この作品は可愛い絵柄で平和な日常物語をおくっていくだけの作品ではないということだ。
何らかの事件が起こる。
大正時代という短い時代の中に存在した価値観が、珠彦や夕月だけではなくすべての人の生活様式を強制し、そしてその時代特有の事件に巻き込まれていく。この作品がなぜ大正時代を舞台にしたのか。理由は定かではないが、アニメをすべて見終わった今、作者さんは連載初期からこの事件を組み込む予定だったのではないか、と思わざるを得ない。それほどこのアニメにとっては、ひいては珠彦と夕月にとってはこの事件が非常に大切なものになるからだ。
悲しくショッキングな終盤は、可愛い絵柄とは裏腹に重い雰囲気を醸し出す。
一体珠彦と夕月はどうなってしまうのか。ぜひこのアニメを最後まで見届けてほしい。
友達という存在
珠彦には友達がいない。
しかしそんな珠彦にも、物語の途中に友達が出来る。
この作品において、友達というのは非常に大切な存在だ。独りで誰にも愛されることなく生きてきた珠彦。独りで生涯を過ごそうと考えていた彼の周りに少しづつ人が増えていく。
それもこれも結局は珠彦自信の考え方の問題だった。珠彦自信が心を開けば、友達だってできる。
とはいえ、彼のような壮絶な過去を持つものがそう簡単に変われないのは当然だ。だが彼が心を入れ替えることができたのは夕月という大切な存在がいたから。夕月が彼の考え方を少しづつ変え、引きこもりがちだった彼を外に世界に連れ出してくれた。
珠彦にとって大切な人が増えていく。
物語終盤の事件の最中、友達が珠彦にいう「友達やん」というたった一言が、珠彦の心を救ったのは間違いない。このあたりはハンカチを用意してみていただきたい。
重い場面もあるが、全体的に見てハートフルで優しい物語
「大正オトメ御伽噺」は、正直心がずどんと重くなる場面もそれなりにある。見ていて辛くなる場面もある。
しかしこの作品は全体的に見てハートフルで優しい。
世の中の残虐な部分に対して、夕月という少女が希望のある解釈を教えてくれる。その一つ一つが珠彦や珠彦の周りの人までをもいい方向に変えていく。
結局この世界が素晴らしく思えるのか、または全てが腐ったものに思えてしまうのか、は自分自身の心の中にあるフィルターが、どうチューニングされているのかによる。
フィルターが希望など、明るい方面でチューニングされていれば、誰も気づかないような小さな小さな幸せに気づくことが出来る。人の良い面に目を向けることも出来る。
夕月という存在が珠彦を変えたように、誰かを良い方面に導くことも出来るだろう。
このアニメでは世の中に対してどう解釈するか?という問いかけに対して、それぞれの人物が持つ解釈を垣間見れる作品だと感じた。そして視聴者はどんな解釈をもつキャラクターが好きなのかを見るアニメなのだと。
とまぁ、そんな小難しいこと言わなくても純粋に楽しめる温かい作品でした。
絵柄も可愛く、キャラクターも可愛いのでぜひ皆様におすすめしたい作品です。