好きなことを、スキマから。
2025年06月04日 更新

フェチすぎんだろ!美麗で繊細で美しいアニメ「明日ちゃんのセーラー服」

このアニメの第1話を見たときの感想は「フェチすぎんだろ!!」
怒りではない。これは称賛である。だが私は元来そこまでフェチ描写が好きなタイプでもない。エロ描写も特に望んではいない。しかしこの作品は素晴らしい。

なぜこの作品が素晴らしいのか。
フェティシズムに塗り固められたように見えたこの作品の本当の価値……つまり核とは何か。

あらすじ

母親・ユワの母校である蠟梅学園中等部に入学が決まった明日小路。憧れのアイドル・福元幹がセーラー服を着ていた事から、いつか自分もセーラー服を着たいと夢見ていた。
ユワが仕立てた真新しいセーラー服に袖を通し、ついにドキドキの入学式。「友達いっぱいできるかな」と、期待に胸を躍らせる小路だが、周りを見渡せばブレザーの生徒ばかり。学園指定の制服は、かつてのセーラー服からブレザーに変わっていたのだ……。

( TVアニメ「明日ちゃんのセーラー服」公式サイトより引用 )

友達がいなかった明日ちゃんの物語

主人公、明日小路<あけび こみち>は友達がいなかった。

それもそのはず。彼女はドがつくほどの田舎に住んでおり、小学校時代は自分ひとりしか生徒がいなかった。

そんな彼女が中学生になる。友達をいっぱい作りたい。そんな期待と、どう人と接するべきか、うまくやっていけるか、という不安を胸に抱えながら、明日ちゃんの物語は始まる。

今まで小学校の先生と、自分の家族以外にコミュニケーションを取らなかった子が、いきなり中学で沢山の人と関わることになる。自分のこととして考えたら不安で不安でいっぱいになるだろう。事実彼女も相当な不安からだろうか、アニメの要所要所にコミュニケーションに関する本が自室の机の上に置かれている場面が挟まれている。だからこそ、彼女は一話でも新しい生徒と話すとき、相手のことをよく知ろうと、話している内容をメモに取ったりする。普通はやらないことだけど、明日ちゃんにとっては人と関わることがどういうことかよくわからなかったから、一生懸命にメモをしてまで相手のことを知ろうとする。この明日ちゃんの健気さ、そして純粋さが視聴者の心を打つのだ。

こういった明日ちゃんの心情を直接的だけではなく、挿入される小物などでも演出されているのがこのアニメの良いところだ。

フェチすぎんだろ!このアニメ!

「足の匂いを爪切りで確認する女の子」

すごいアニメ。第一話からこのフェティシズムで顔面をビンタされる。

しかも上記のような所作を美少女が行うのだ。なんかもうすごい。

ただその行動にもその少女なりの理由がある。爪切りをすること自体もその子なりの意味があってすることなのだ。

他にも制服に腕を通すときに描写される脇や鎖骨などにもやたら制作陣のこだわりを感じるし、なんなら靴下を履くシーンすら、やたらフェティシズムを感じる。

しかし不思議なものでそこまでいやらしさを感じることもない。

わかりやすいフェティシズムはアニメの前半まで続く。それ以降はフェチズムがなくなるわけではなく、ちょっと控えめになっていく印象だ。なぜなら後半からはフェティシズムは副作用になり、青春物語がメインになっていく。

とりあえず、全年齢向けだから安心して見て欲しい。ただし何かに目覚める可能性は否定しきれないが(笑)

丁寧すぎんだろ!この動作・所作!

この作品は本当に細かい。すべてが。

アニメをアニメたらしめる、あらゆる要素のすべてに対してこだわりというスパイスを与えまくっている。

まずキャラクターたちの動きからそれは垣間見える。しかも第一話の最初のシーンからその動きの描写の丁寧さがバチバチに描かれている。びびる。美しすぎて。

アニメ「SHIROBAKO」第12話でも言っていた。「アニメってやっぱり動きだと思った」という言葉の意味が私にも実感させられる。

人間ってこういう目線の配り方、指の一本一本の動き、走り方を無意識にしているよね、っていう部分をアニメーションにしっかり落とし込んでいる。スタッフの方々の観察と再現が見事にこのアニメの中に生きている。

この繊細で緻密なこだわりが、最終話までもつのだろうか?と邪推もしたが、この作品は見事に最後までこだわり抜かれていた。

主人公の明日小路の感情が繊細に動きに落とされている。

小路が全力で走った後に口の中に入る髪の毛、セーラー服を着るときにリボンを締める手の動き、不安と嬉しさでいっぱいになった表情の目線や口の動き、あらゆる場面でこの丁寧さを享受することになる。

我々アニメを享受する民たちは、一秒一秒を何も考えずに見ている瞬間がある。しかしその一秒すら、アニメータや演出、脚本、監督、色彩、音響監督、アニメ制作に関わる人たちの手によって自力で作られている。どんなアニメでもそうだ。だからこそ、このアニメの動きの細かさというのはスタッフたちの

モブキャラクターがほとんどいないアニメ

このアニメを見ていると、登場人物の殆どに何かしらの役割が与えられ、明日ちゃんとの関わりを持つ。このアニメの世界が生き生きとして見えるのはきっと、出てくる人々にしっかりと名前が与えられ、性格がはっきりと描写され、そして明日ちゃんとの関わりの中で表出してくる新しい一面を視聴者が観測できるからだろう。

沢山の人が出てくると情報が散らばりがちで登場人物自体も覚えづらくなるのが常だが、それぞれの人物に1話〜2話を使って丁寧に人物描写をするため、視聴者は感情移入をしながら自然に人物を覚えていくことが出来る。

眩しすぎる青春が感動を誘う

このアニメの中で私が好きな話。それは第9話。

友達たちとショッピングをしている明日ちゃん。途端に雨が降り出して、一行は雨宿りをする。
しかし明日ちゃんだけは雨の中で傘をささずに楽しそうにはしゃいでいる。
それを見た友達もまた、明日ちゃんに感化されて雨のなかに飛び出していく。普段なら絶対そんなことをしないような子たちが、明日ちゃんに影響されて想像もしない行動に駆られていく。

明日ちゃんにとっては特別な行動じゃない。その明日ちゃんにとっての当たり前が、他の子達にとっては当たり前じゃない。だからきっと他の子達にとっては魅力的に映る。そしてあまりにも楽しそうに明日ちゃんがはしゃぐものだから、他の子達まで突き動かされてしまう。そんなことを感じられる場面だ。

少女たちの記憶に残り続けるに違いない青春の1ページ。音楽も相まって青春度合いが爆発している。

視聴者である私はもう学生ではないため、こんなシーンをまじまじと見せつけられるともう戻らない日々を思い出して涙腺が刺激される。

登場人物たちが描く青春の1フレーム1フレームを覗き込んでは、眩しすぎる日常に涙が出てくる。こういうアニメは私が経験し得なかった体験を疑似体験させてくれるからハマってしまう。

ED映像が素晴らしい

エンディングの映像に映し出された光景がやたらエモい。

このEDでは明日ちゃんの通う学校が映し出されているのだが、この映像の主役たちは明日ちゃんたちじゃない。おそらく明日ちゃんのお母さんの学生時代が映し出されている。

明日ちゃんが通う現代では指定の制服がブレザーなのだが、このED映像では学校の指定制服がセーラー服だった時代が描かれている。

この学校に通っていた過去の生徒たちが楽しそうに学園生活を過ごしているのが印象的だ。

今は明日ちゃんだけがセーラー服だけど、昔はみんなセーラーだったのだなぁ、とか、自分が知らないたくさんの人たちがこの学校で過ごしていたんだなぁ、とか、この学校に流れる長い歴史を感じてセンチメンタルな気持ちにさせてくれる。

ちなみに、このEDで流れる曲のタイトルは「Baton」

・・・制作者陣のセンスが良すぎる。
私の心に刺さりまくる美しいエンディングだった。

美しく、丁寧で、フェチで、青春なアニメ

全体的に見て本当に作画も演出も物語も丁寧に作られているアニメだった。

第一話を見た瞬間からその美麗な画面に釘付けになる視聴者は多いのではないかと思う。さらに登場人物の生き生きとした動きは、この作品への期待感を非常に高めてくれた。そしてその期待は裏切られることなく、最後にはアニメが終わった喪失感に変わっていた。

青春ストーリーが好きな人にはぜひおすすめしたい一作だ。

TVアニメ「明日ちゃんのセーラー服」公式サイト